2006年03月24日

疑問。

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今、この日本で 生活水準の格差が広がりつつある
というニュースが 先日TVで流れていました。
あ〜、お金持ちが贅沢してるのかな〜
位に聞いていたら とんでもない。

文房具代や給食費、修学旅行費が払えず
援助を受けている生徒が ここ数年増え続けているのだという。
特に東京都内には 需給率が7割にも達している
公立の小学校もあるのだとか。










今日、朝日新聞の『天声人語』でも そのことに触れていたのだけど
その小学校で 卒業文集用に『将来の夢』 を 子供達に書かせたところ
実に1/3の子供が 何も書けなかったのだという。

作家・村上龍さんの言葉も紹介されていたのですが
「子どもは、20年後、30年後の自分の姿を
今の大人に見ようとする。
親たちの世代はちっとも楽しそうじゃない。
おとなを見ていても希望が持てない。」
そんな風に書かれてありました。

確かにそうですよね。 一番身近な存在。親。
子供たちの目には どんな風に写っているのでしょうね・・。
生き生き、な 姿をたまにでも 見せてあげられているかな・・

子供たちの耳に ついつい大人の愚痴や 誰かの悪口、批判
漏らしていたりはしないかな・・。
いじめやなんかが問題になっているけど
大人が そんな風に家庭で 平気で人の批判や
人の存在を 無視するような態度をとっていたとしたら
それを間近で 見ている子供は 同じように
簡単に悪口を言ったり 誰かを傷つける行動をとってしまっても
不思議ではないですよね。

貧富の格差は 社会全体が暮らしにくい状態になっている
それが大きな原因なのかも知れないけれど
単に それだけではないような気もするのです。

大人も いろんなことから 簡単に逃げる人が増えているように思う。
つらいこと、仕事や人間関係 ありとあらゆることから
逃げている。それも原因のひとつなんじゃないかな・・と思うのです。

仕事や家庭、”うまくいかなくて当たり前”を前提にしていない。
うまくいかない事を 誰かのせいにして とりあえずその状況から逃げる
結果、生活はどんどん大変になっていく
子供を放っておいて、「子供は結構強いから。」 と、いう人がいる。
だったら まず自分が強くなってごらんなさい。と思う。

『幸せ』や『癒し』が流行りのように口にされるけど
綺麗な言葉を謳う その口で
例えば誰かの悪口、言わずに過ごせる人が
大人と呼ばれる人の中で 一体何人いるんだろう。

まずいないですよね。
全ての子供が 穏やかな気持ちで暮らせる
そんな事が 夢のまた夢な国に 日本もなっていくのかな。



posted by うさこ at 22:55| Comment(6) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うさこさん、おばんです(北海道弁でこんばんは)
けして、うさこさんがおばんとゆう意味ではありません。(古いネタ?)
あたしの幼い頃の大人は立派でもなく、理不尽な大人たちも多かったように思います。
でも、子供達は将来を悲観してなかったかな〜
それはどうしてなのかな〜
どうしょうもない大人でもどこかに魅力があったような。
世の中全体がココロに余裕があり、ピンでなくキリの存在でも認めていたのかも。

現在は子供でもありとあらゆる情報が、タレ流し状態なので想像力を必要としなくなったように思います。
ワクワク・ドキドキ感が乏しくなってきてるのではないかな〜

虐待される子供や動物のいない世の中にするにはどうしたらいいのかな。
子供の寝顔があたしは大好き♪
子供達が安心して楽しい夢を見れる世の中にしなくちゃね。
うさこちゃんが真矢先生に変身してくださーーーい。
Posted by りんりん at 2006年03月24日 23:47
うさこさん。おはようございます。

野辺の花ってなぜ心をうつのでしょうね。
彼女あるいは彼らは誰に誇るためでもなく、
自分たちのために咲いている。
それでいて美しい。
いやだからこそ美しいのだと思います。

一握りの人が大きく儲けて、
大部分の人はそれに引っ張ってもらったり
おこぼれに預かったり。
そのほうが効率的かどうか分かりませんが、
それでは大部分の人々の自信を失わせてしまうように思えます。

社会の全体の流れはなかなか変わらないかもしれない。
でもその流れをつくっているのは個々の人間。
その個人個人が他と比較せずに自信をもって
「自分は自らの美意識を完成させるために生きている」
と言えるようになればもう少し生きやすくなるだろうなと思います。

昔どこかのプロ野球投手が”草魂”と言っていたのを思い出しました。
Posted by せいや at 2006年03月25日 05:09
☆ ぐっ・・。朝だから
りんりんさん(=)おばんです〜♪が使えない・・(笑)

そうそう、昔の大人が素晴らしかったかっていうと
芯の通った素敵な人もいれば わっけわかんない人もいて
やっぱり様々だったんですよネ。

りんりんさんが書いてくれた事もそうだろうし
あとね、自分達が子供の頃って
自由に家から出て 適当に近所の友達、誰かしら捕まえて
わ〜〜〜♪っと遊べていたでしょう。
自由に外遊びをして いろんなこと思いっきり発散出来ていましたよね。

勿論、今もそうやって わ〜〜♪と遊べる子たちもいるけど
子供を取り巻く環境が だんだん変わってきているから
自由に外で 友達捕まえて遊ぶこともままならない
そんな子供たちも実際大勢いるんですよね。

一人でお留守番をしていたり 遊ぶといっても兄弟と家の中で、を余儀なくされたり
「マンション内で遊んではいけません。」って
管理規則の厳しい所も すぐ近くにあったり
一戸建ての家庭の子供も 「孤立しちゃうのよね」って。
これ、この辺りの現実の話なんですよ。

友達と遊ぶのも 電話連絡をしてそれから。
みんな習い事や塾や なんやかんやで
遊ぶ相手もなかなか捕まらないし
寂しい思いをしてる子供も沢山いるんですよね

そういう生の声を 知らない人は知らないでしょう。
わりとのんびりなこの辺りでも そうなのだから
都内は尚更。
お母さんが一人で頑張らなきゃならない家庭も
ざらにあるし。
「お帰りなさい」の声をかけてくれる人のいない
家に帰らなきゃならない子供たちも沢山いるし。

その上、友達とも自由に遊べない
そんな子供も沢山いるんですよね。
”今の子供”と”昔の子供”なんて風には
社会の背景をちょっと考えただけでも
単純には 比較出来ないんですよね・・。

楽しそうに遊んでいる子供には目がいくけど
そうでない ひとりぼっちで過ごしている子供の存在は
誰も気づいてませんよね
大人が子供を語るとき
見ているようで 深いところまではまるで見ていない
表面で うまく見てもらえている子は いいんだけれど
そんな風に思います。

長くなってすいませ〜ん;

Posted by うさこ at 2006年03月25日 09:57
☆ この画像、実は春休みスペシャル
ちびうさの撮ったものなんですよ^^
デジカメ持って ふらふら〜っと外へ出て
「いろいろ撮ってきたよ♪」と 嬉しそうに見せるから
「どれどれ。^^」
と見てみると このたんぽぽ始め???な画像がいっぱい。(笑)
思わず「何だこれ?・。・;」
と、言ってしまったんですね〜・・。

「・・・・。ブログ用に喜んでくれるかなと思って
使えなかったら消しちゃっていいよ・・」
しまった;; ですよ。
慌てて 杏の花とかも撮っていたので
「あ〜、これちょっとフェンスが邪魔だったね〜
こっちから撮ればもっといい画が撮れたかも」
なぁんてもっともらしいこと言ってf^^;

迂闊なことを言ってしまった 反省の意味も含め
作品として 命をふきこんであげました・・;
「なんだこれ」とつい口走ってしまった写真
せいやさんは ”野の花”として 捕らえてくれて
美しいと表現してくれるのに・・です。

迂闊にも・・なことを 私は100も200も
子供の前でやって こうしてハッと気づけばまだいいけど
気づかずやり過ごしていることも沢山あるのだと思います。

せいやさんの書いてくれたコメント、『連鎖』ですよね。
個人に大きな力はないけど
個人の意識がしっかりしていれば
少しずつでも 必ず伝わっていく。
いずれ きっと大きな力になる。

周りに振り回されることなく 誰と何と 比較することなく
誰に賞賛を求めることもせず 当たり前のこととして
凛として生きていけたら・・
世の中を嘆いてばかりいるより ずっと実のあることだと思います。
Posted by うさこ at 2006年03月25日 12:12
大人がいろんなことから逃げているという状況。
自分に関していえば、まったくもってその通り!!
病気以外のところでもそう。
この間お散歩していたときにことなんだけど、橋の下をくぐろうというときに、下校中の高校生が3人自転車でやってきて、ちょうど橋の下の上から見えない部分で止まったのです。
私は「たばこだな」と見当をつけたのですが、案の定で、とっさに私は橋の下をくぐるのをやめました。
注意する勇気もなかったし、面倒くさかったというのが正直な話です。
橋続きの車道を横断して向こう側に渡ったら、やっぱり橋の手前でちらちらと彼らを見ながら立っているご夫婦がいました。
私はこのご夫婦も私と同じ気持ちなのだろうな、と思い、こういう大人が多いから子供が駄目になっていくのだろうなあ、と思いました。
次の日はちょうど高校生達が自転車を降りる前に私が橋の下に入ったので、彼らは私が通り過ぎるのを所在無く見送っていました。
その後のことはわからない。
「オタクの高校生が○○でタバコを吸っている」という電話が結構職場に来るらしいのです。
そんな話を聞くと、いつも私は「どうして電話するんじゃなくてその場で注意してくれないんだろう」と思ったものでした。
でも、町にでれば私も同じことをしています。
悪いことを悪いということ、伝えること、私もそんな勇気を身につけたい。
それと似たようなこと、いっぱいあるんでしょうね。
長くなってごめんなさい。
Posted by あすなろ at 2006年03月25日 17:25
☆ あすなろさん、コメントありがとう♪
注意する勇気がなかったあすなろさんを
だからといって 誰も責めたりする事は
出来ないと思いますよ。

悪いことを悪いと注意することだけが 大事ではない。
あすなろさんは そういう事が出来なかった自分をはがゆく思って
同じく注意出来ずにいた ご夫婦の気持ちを察してあげることが出来たでしょう?

自分で直接注意出来ずに 高校に電話を入れてきた『誰か』の 立場に実際自分が立って
こういうことだったんだな・・って
思い知る経験が出来たんですよ。
そっちの方が 大事な経験だと言えるかもです。

いつだったか タバコを買おうとしている
中学生らしき男の子に
「まさか 制服でタバコ、買おうとなんてしてないよね?」
と、声をかけたことがあります。
その子は 黙って財布をしまって何処かへ消えてしまったけど
仮に、仮にですよ。
それで私が 正義ふりかまして自分はなんて良い行いをしたんだろう
なんて いい気分になる、その方がよっぽど愚かだと思うんですよ。

その中学生が欲しかったのは タバコ。
やめなさい。と言われて はい、すいません。
ってやめられる代物じゃぁないんですよね。
きっとまた買いにくるだろうし
『うっせーばばぁが 余計な口出しすんじゃねーよっ。』
位に思っているかも知れない。
実際には 何の解決にもなっていないんですよね。

それよりも あすなろさんみたいな経験をしたことのある親が
自分の子供が 中学・高校でタバコの臭いをさせて帰ってきたとき
『そういう光景を見て とても嫌な気分になったことがあるんだよ。
人様に嫌な思いをさせてまで 勝手なことがしたいのかい?
君はそういう子だったのかい?』
と 正面きって話しをすることが出来る。
そっちの方が 結果的には 子供を救うことに
繋がるかも知れない。

だから あすなろさん、言えなかったことで
自分も後味の悪い思いをしただろうけど
その思いを 無駄にしなければいいんですよ。

赤の他人に声をかけること自体、
物凄く勇気のいること。
んじゃさ、困ってる人がいたら その時は
がんばって声、かけてみよう!とか
そんな風に思ってみるのもいいことだと思います♪

どうだ。負けない位長くなったぞ。(笑)

Posted by うさこ at 2006年03月25日 22:21
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